■ 月の魔法 4■ その日火影の執務室に呼び出されたイルカは、カカシの現在の状況を報告し終わると、息を詰めて火影の判断を待っていた。 暫らくしてようやく口を開いた火影が告げたのは、覚悟していた通りの言葉で……。 「――どうやらカカシの記憶は戻らんようじゃな。……まあ仕方あるまい、取り敢えずはうまくやっておる様じゃし。イルカ、お主もそろそろ通常の生活も戻りたかろう……」 「そんな事は……っ」 慌てて否定するが、火影が勿論イルカの秘めた思いを察っする筈も無く――。 「ご苦労じゃった。――今日をもって任を解く。明日からは元の生活に戻るが良い」 「……はい」 面倒事を押しつけて悪かったと心からの労わりを込めて告げられた言葉に、イルカは頷くしかなかった。 こうしてあっさりと、カカシと共に居る理由が無くなったイルカであったが、しかしこれは最初から覚悟していた事でもあり思っていた以上に冷静でいられた。 (少なくとも…嫌われてはいないんだ……) 以前の辛さに比べたら、どんなにか今の状況の方がマシか……。 それに記憶を失う前のカカシに感じていた切なさは、今のカカシに感じる愛おしさと似ている様で少し違う。 (まるで今の俺は子離れできない親みたいだ……) そんな風に自分のカカシに対する執着を笑う余裕すらある自分にホッとした。 (……問題は、カカシ先生にどう伝えるかだな) 拗ねたら一度くらい一緒に風呂に入って背中を流してあげようか……とも思う。 恋情を知られるのを恐れて、俗に云う裸の付き合いというヤツは頑なに拒んでいたイルカだったが、何だか反対に今のカカシをそんな目で見る事は出来ないような気すらした。 直帰を許されたので、常よりも早く買い物を済ませて家に帰り着いたイルカは、自分の家に既に明かりが灯っているのに気付いて、慌ててドアを開け中に入る。 「カカシ先生? 早いですね、もう帰ってたんですか……?」 例えイルカより早く帰る事があっても、カカシは遅いイルカを責めるように暗闇の中に蹲っている事が多い。 いつもと違うカカシの行動――もしかしたら既にカカシも聞いているのだろうかと、もしそうだとしたら話もしやすくて助かるのに……そう思いながら、意識して軽い口調で早速話を切り出した。 「今日火影様に呼び出されて、任務終了を言い渡されましたよ。だから明後日からはちゃんと自分で起きてくださいね。駄目ですよ、二度寝なんかしちゃ……」 「――………んだ…」 言いながら背を向けたままのカカシの横を通り、台所へと向かおうとして聞えた小さな声に、イルカは立ち止まった。 「カカシ先生……今なんて……?」 ――ドサッ。 次の瞬間、いきなりカカシに壁に押しつけられて、イルカが手から下げていた食材か床に落ち、ゴロゴロと床に散らばった。 「カ、カカシ先生っ、どうし――?」 「逃げるんだ……俺から……」 押し殺したような声に、イルカは思わずマジマジと、自分の腕を掴んで見下ろしてくるカカシの顔を見つめる。 既に見なれた色違いの瞳が、どこか禍禍しく光を反射して、まるで見知らぬ男を見るようで……。 「何を…言って……」 「俺に嘘吐いたでしょ、イルカ」 「う、嘘?」 思わずギクリとしたのは、かつてのカカシに対する想いを、隠さなくてはならない想いの事を、言われたと思ったから……。 しかしカカシはイルカのその動揺をどう思ったのか、俯いて静かに肩を震わせた。 「俺とイルカが親しくなかったなんて嘘だった……。そんな嘘吐いて、それで今度は俺から離れようって!?」 そう叫ぶのと同時に、カカシはイルカの首筋に、噛みつくように顔を埋めてくる。 「――カ…ッ…痛っ」 実際痛みが走って、イルカは名を呼ぼうとした声を思わず悲鳴に変えていた。 「何も言うな…もう嘘は聞きたくない」 そう言ってカカシは、何か誤解があるのだと告げようとしたイルカの口を、同じ自分の口で塞いだ。 「んー―んんっ…んー―っ」 何のつもりかはわからない。けれどそれは紛れもなくキスで、更にはカカシの舌がイルカの口内に入り込もうとするような動きまでみせる。 「ヤー―め……っ…んんんっ」 制止の言葉は、カカシの舌に荒々しく犯され呑み込まれた。 ぐちゃぐちゃに、頭が何も考えられなくなるほどに激しいキス――。 それに応える事など思いもよらなかったのに、空気を求めて無意識に邪魔者を押し返そうとする舌が、自然にカカシのそれと絡んで交じり合うような音を立てる。 ち…くちゅ… 「はァ…ん…ぁ」 顎を捕まれ痛いほどに大きく開かされた口からは、泣きたくなるほどいやらしい声がもれていた。 そうしている間にも、カカシの手はイルカの服を剥そうと蠢いている。 (――何で……っ) 疑問すら口にする余裕も与えられぬまま、イルカはカカシの性急な手で、抵抗も空しく全裸に近い状況にまでされてしまった。 いや、手首や足元に引っかかった服が、余計に裸体をいやらしく飾り立てていたかもしれない。 少なくともカカシを煽りたてるには充分だった。 「やっぱりだ……締まった二の腕も…薄い腹筋も……この足だって――何てヤラシイ……」 壁とカカシの身体に挟まれた状態で、直に肌を弄られ、食むような激しさでむしゃぶりつかれる。 「ヤッや…だ」 「何が嫌だっての……記憶を失う前の俺とは、こういう関係だったくせに……」 その呪うような嘲るような台詞に、ようやくカカシが何を誤解しているのかを知ったイルカだったが、今更否定したところで手遅れなところまで、もう二人は追いつめられていた。 手首の少し下を強く握られて、開かされた手の平。そこに押しつけられた熱い――熱いかたまり……。 「――ひっ」 それは明らかに猛り、脈動し、何かを求めてぬらりと粘着質な体液をしたたらせていた。 「ほら、懐かしい……? イルカの中に入りたいって、こんなに涎を垂らしてる……」 カカシの口調が優しくすらあるのが、また恐ろしい。 「やめ……やめてくださ…カカシ先せ――……」 「その口は嘘ばかり言うから信じないよ。俺はやりたいようにやるんだ……」 我侭な子供の口調――しかしイルカを見下ろす顔は欲望に歪み、歪な色香を感じさせた。 (……この人は一人じゃ何も出来ない子供じゃない) 恐慌をきたす頭の隅の、どこか冷静な部分でそう思う。 (俺がそう思いたかっただけ……だからこの人もそう行動した……) 「…んっ――」 あらぬところに指を含まされ、その裂けるような痛みに涙がこぼれる。 「きつ…――こんなにきついモンなんだ……」 口調には未だにイルカの望んだ子供の好奇心を滲ませて……。 しかし早く入りたいと焦る様子は、どう見ても男でしか有り得ない、雄の匂いを感じさせるものだった。 (これも…俺が望んだ結果なのか……?) 好きだと自覚したあの時から、カカシとこうなる事を心の底で望んでいたのだろうか。 指が抜き出され、再び押し込まれる。 その指の動きを追う様に内側の肉が蠢くのをリアルに感じ、それをカカシも指で感じているのだと思うと焼けるような羞恥を感じた。 (もう―――) 指の抜き差しが激しくなり、それに合わせて身体も揺さぶられる。 (――もう……戻れない………) 熱い物で穿たれた――その衝撃は言葉にならない程で……。 その衝撃を受け止めきれぬまま、イルカはまだカカシによって揺さぶられ続けていた。 「あっあっあっ…んっあっ」 喉を通る嬌声に、カカシの荒い息が交じり合う。 正面から、恥ずかしい顔を隠す事も許されず、イルカは何度も犯された。 繰り返し中に吐き出された為か、それともあまりに擦られて、感覚が麻痺してきたのか、痛みはそれほど感じなくなっている。 かわりに悦びが――カカシのモノが体の中のある一点を擦る度に、逃がしきれない激しい快感の衝撃が訪れるのが辛い。 耐えきれずに漏れてしまった白いものを、カカシは嬉しそうに手で受けとめて掴んでいた腰と腹部に塗りこめる様に手で伸ばした。 「すごすぎ、イルカも俺ももうベトベトだ……」 そんなふざけた言葉の合間もカカシの腰は動き続けている。 「もう――何かいつまででもできそう……気持いい……」 満足げに唇を舐める仕草が腹を満たした獣にも似て、腰を前後に揺さぶられ中を擦りあげられる感覚で、はっきりと形にならなくなった思考が、(食われている)という言葉をようやく形作る。 そこに「しょっぱい…」という、極めて日常的な感覚が混ざってきた。 イルカの涙か、それともカカシの汗か、確かめる様に唇を舐める仕草に刺激されたのか、繋がったままカカシが口付けようと顔を寄せてくる。 差し出された舌をぼんやりと見上げながら、イルカはそれを迎え入れるために優しく唇を開いていた。 ********** 翌朝、大して眠ってもいない筈なのにすっきりと目覚めたカカシは、腕の中の愛しい存在を確認すると、うっとりとその疲れを刻んだ寝顔に見惚れていた。 もしかしたら殺してしまうかもしれないと、そう危惧する程に押さえが利かなかった。 「親しくは無かった」と嘘を吐いたイルカ。 任務だと二人の関係に線を引き、しまいには離れていこうとすらした。 今でもその事に対する怒りが無くなった訳ではない。 だが……。 「もう俺のものだ……」 イルカが隠そうとしたものは全て暴いてやった。そのいやらしく感じやすい身体も、甘い唇も、更にその奥にある温かな舌の味すらも。 イルカの本当の気持もわかった。 「俺の事が好きなくせに……何で離れていこうなんてするかね……」 誘って優しいキスをくれた、あれがきっとイルカの本心。 少し硬めの髪を鼻でかき分ける様にして、イルカの首筋に顔を埋める。 この甘い水のような匂いもカカシだけのもの。 今度はあんな事やこんな事もしてもらうのだと、いらしい想像にクスクスと笑う。 敏感な所にかかる息に刺激されたのか、むずがるようにイルカの体が揺れた。 そして意外に長い睫毛が震え、焦らす様にゆっくりとその黒い瞳が露わになる。 「……あ…?」 何もわかっていないような幼い瞳。 それが自分の体を拘束する様にまわされたカカシの手を写し、そして……。 「……か、可愛っ――…」 真っ赤に染まっていくその顔に、思わずカカシはイルカを拘束する手足にぎゅーっと力を込めていた。 「痛っ――」 「あ、ゴメンゴメン……大丈夫? イルカ……」 「――っ、大丈夫なわけ……」 顔を赤くしたまま、怒ったように睨んでくるイルカ。そんな顔さえも可愛く感じられて、カカシはニヤケるのを止められない。 「無理させちゃった。でもイルカが悪いんだよ、俺を捨てようなんてするから……」 「それは…だって……」 たちまち困ったように萎れるイルカの、頬に瞼に口付けを落す。 「いいよもう。だってもう認めるでしょ? 俺の事好きだよねイルカ……」 その問いというよりは確認に、悔しそうにイルカはボソボソと呟いた。 「聞えない。ねぇ…ちゃんと言ってよ」 耳元に息を吹きかけると。バッと手で耳を押さえてイルカは叫ぶ。 「――む、無口で可愛いカカシ先生は好きですっ!」 「ん〜? それもしかして記憶を無くす前の俺の事……?」 「違っ……カカシ先生は優しくて綺麗で――可愛いとかいうのとは……」 イルカの云いたい事がわかっていてわざととぼけておきながら、憧れの人を想うような口調でかつての自分について語るイルカには、何故だかムッとするカカシ。 「それって今の俺より前の俺の方が良かったって事? セックスも?」 「……セッ――」 昨夜から突然饒舌になったような気のするカカシのその赤裸々な言葉に、イルカは目を白黒させて一人慌てていた。 「もっといっぱいやれば馴れるよ、それで絶対前よりも上手くなるから……」 だから毎日するのだとイルカを抱き締めて云い切るカカシに、イルカは本気で青くなる。 しかし改めて言われた一緒に暮らそうという言葉には、イルカは顔を俯かせながらも、こくんと一つ頷いていた。 ********** 蜜月なんていう言葉は恥ずかしくて、頭に浮べる事すら出来ないイルカである。 しかし、そうとしか表現しようの無い甘い日々が、あれからというもの昼夜問わず、場所さえも問わずに。繰り広げられていた。 ――そう……昼も、夜も。 「イルカ先生〜〜今夜の夕食はキムチ鍋が食べたいです〜〜」 「カカシ先生…ちょっと――ボソボソ(そういうことは後で……)」 「……ああ! 一つの鍋を二人でつつく熱い夜!!」 「……(お願いだからやめてください〜〜)……っ」 身体の関係が始まった翌日から、カカシは二人が一緒に住んでいる事を隠そうとするどころか、周囲に見せつけようとまでするようになっていた。 既にその豹変したような饒舌ぶりは周囲を脅かすほどで、もうイルカとカカシの事を知らぬものは里に存在しないのではないかという程の勢いである。 「写輪眼のカカシってあんな気さくな人だったんだ……」 「…あんな平凡な奴のどこがいいってんだよ」 「……で、どっちがどっちなのかしら、あちらの方は」 そんな風に、一部のやっかみを抜かせば、下世話ではあっても概ね皆二人に好意的で、危惧していたような白い目を向けられる事も少なくとも表面上は無く……。 (それも皆、カカシ先生のお陰なんだろうけど……) 好んでトップクラスの上忍に、睨まれたいと思う人間はいない。恐らくはそう云う事なのだろう。 「それにしてもどんな魔法を使ったら、あのカカシがあそこまで可愛くなっちゃうわけ?」 受付の業務についていたら、呆れとからかいの交じったような口調で紅に話しかけられ、イルカは言葉に詰まった。 「可愛い――ですか?」 確かにイルカも可愛いと思っていた。ついこの間までは……。 (ああ…俺のあの可愛いカカシ先生は、本当に何処へいってしまったんだろう……) 可愛かった子猫は、今や発情期の雄猫のように鼻息も荒く迫って来るのだ。 そしてきっと今日もまた、朝方まで離しては貰えない。 不思議そうな紅の前で、思わず大きな溜息を吐くイルカだった。 「……? まあそれはともかくとして、いい傾向だわよ。以前ちょっと変だった事あるでしょ、あなたたち。あの時はちょっと心配だったから……」 「……紅先生」 表に出していないつもりでも、結構見る人は見ているのだとイルカは思う。 同時にまた、今のこの幸せはカカシが記憶を失っている事を前程としているのだという事も……。 「――記憶はある日突然戻るかもしれないし、一生このままかもしれません」 カカシを診た医者はそう言っていた。 「どうしたのイルカ……?」 帰り道、イルカを心配してというよりは、自分を見ていないのが気に入らないといった感じで聞いてきたカカシに、イルカは笑ってみせる。 カカシに任務が無い時は、二人でこうして一緒に帰るのが習慣になり始めていた。カカシの家は里の外れで、途中から街灯が無くなる。だからいつもはこの時間になると真っ暗で、手を繋ぐのにもあまり抵抗を感じないのだ。 しかし何故か今日はこの時間になっても、互いの顔を確認できる程度には明るい。 「あっ、見て下さいカカシ先生……大きな満月……」 カカシを好きだと自覚した夜。――あの日もそう云えば満月だったと、イルカはふと思い出した。 月明かりの下のカカシは、それはもう例えようも無く綺麗で神秘的で……。 「……うっ…」 「――カカシ先生っ!?」 幸せな回想に浸っていたイルカは、その呻き声にハッと我に返った。 振り返った視界の中では、苦しそうに頭を押さえたカカシが、まるで闇に沈むようにしてうずくまっている。 「大丈夫ですかっ! カカシ先生……カカシ先生っ!」 慌ててカカシに駆け寄るが、しかしいくら呼んでもカカシは返事どころでは無く、かといって迂闊に揺さぶる事も出来ずに、イルカは暫し途方にくれてしまった。 と、痛みの為か強張り堅くなっていたカカシの体から、フッと力が抜けるのが感じられた。 「カカシ先生……?」 再び呼びかけてもやはり返事は無い。 「――カカシせんせいっ!」 イルカの腕の中でカカシは、静かに気を失っていた。 |