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□ 混ぜご飯 □ 後 「写輪眼のカカシが壊れた」。 その噂は瞬く間に木の葉の里じゅうに広がった。 なにが壊れたってんだよ。再起不能になったのか? 最近受付所に通っていない忍は訝しみながら鼻で笑い、 どういうことよッ、まだ落としてないのにッ。 カカシを狙っていた血気盛んなくの一は鼻息を荒くし、 「壊れた」の意味もわからないままに、噂だけはとめどなく根拠なく知れ渡っていた。 忍のありあまる暗記力が、一言一句ちがわずに、カカシの言葉を伝言ゲームしていた。 あのカカシが壊れたらしいぜ。なんでも男に告白したらしい。 しかもおおっぴらに、どーんと。 さすが上忍はやることが違うなあ。怖いもの知らずだぜ。そういう問題か? きらきらしてるらしいじゃねえか。きらきら? なんだそりゃ。 いやだから、カカシがきらきらしてるってよ。 ……写輪眼のカカシが銀髪をペカーッと光らせているのを想像して、あちこちで悶え笑う見苦しい忍の姿が目撃された。 そして、その震源地にはますます人が押し寄せた。 ぎらぎらした眼で、受付カウンターに座る黒髪の中忍を見つめる。アレが噂の…。 ………噂の、カカシの被害者か。 ぼそぼそいう声は、しっかりイルカの耳に届いていた。 はたから見ていてイヤガラセでしかない大告白を受けた当人は、夕方が近付くにつれキリキリ痛みはじめた胃を おさえて呻いていた。 受付常駐の忍はイルカに同情してくれたが、手を貸そうとはしてくれない。 だいたいどうやって助けるというのだ? 定時にやってくるカカシの目の前に両手広げて立ちふさがり、「イルカに告白するくらいなら、俺に想いのたけを ぶつけてくださーい!!」…投げ飛ばされるかいい笑いものになるかのどちらかである。 運が悪ければ上忍の殺気にあてられて心臓発作を起すかもしれない。 ヤダヤダ、そんなのはまっぴらゴメン。 なので、哀れみの気配をくれはしても、時間が近付くにつれて視線すら逸らしはじめる。 イルカに声をかけたりしない限り、どうやら他人はカカシの視界に入ってないようなので、その点は安心だった。 二日前、なけなしの勇気をかき集めて「あの…受付業務に差し支えますので、どうかお引き取りください…っ」と 進言した忍は、カカシの裏拳をくらって全治一ヶ月の重傷を負った。 五メートルも跳ね飛ばされて壁にぶつかり、マンガのようにずるずる落ちて、がっくり首を垂れた。 「あの…う」までしか言わせてもらえなかった。 イルカはカカシに(問答無用で)抱きしめられながら、男泣きに泣いた。 かち、と時計の長針が五時を示す。 …ああ、くる…!! イルカはぎゅっと目をつぶった。 引き絞られるような胃の痛みが限界にきていた。もうすぐ混ぜご飯を食わなければならない。そのくらいイヤなこと が差し迫っている。 だらだら脂汗を流しながら、イルカは混ぜご飯を見ていた。 元の形がわからないほど刻まれた具。 彩りがキレイ、 というよりイルカには子供がこね回した粘土のように見える。 芳しい匂い、というよりごちゃまぜでなにがなんだか…。 なにがなんだかわからないんだよおまえは、と思ううちに、目の前の混ぜご飯がぐらっと傾いた。 皿が横になる。落ちる。食えなくなる。―――やったあ! 涙が出るほど嬉しい。イルカにとってもはや混ぜご飯とカカシはイコールで結ばれていた。 やった、やった、やったあ!!二度と俺の前に現れるなよ!? 俺も近付かないから! だがご飯は落ちなかった。かわりに「ゴン」という重い音と、焦って自分の名を呼ぶいくつもの声が聞こえた…。 「イ、イルカせんせええ―――ッ!!??」 慌てふためくカカシの横で、たまたま居合わせた猿飛アスマが「よっこらせ」とイルカの身体をひっくり返した。 「ヒゲっ! イルカ先生に気安くさわんな! あああイルカ先生っイルカ先生っイルカ先生っ」 「うるせえよ」 容赦なく銀髪に拳を落とし、アスマは冷静に真っ青な顔のイルカの頬をぺちぺち叩いた。 数十人はいるであろうギャラリーも、当事者の思わぬ変調にざわざわと騒がしい。 「チッ、瞬間見逃した」とか「新しい 展開ねえ」とか「カカシが壊れたっつーよりカカシが壊したんだなー…可哀想に」などという思惑入り乱れる呟き が洩れていた。 だが、誰も救護班に連絡もせず立ち去ろうともしない。 さりとて手を貸しもしない。 どこまでもドライで物見高い木の葉の忍であった。 頭を押さえながら涙眼のカカシがアスマを罵倒する。 「なにすんだよ! 俺とイルカ先生の恋を邪魔すんなよな!」 「馬鹿かお前は」 「馬鹿じゃないっての! どけよ、今からイルカ先生をお姫様抱っこで連れてくんだからっ★」 その語尾にはたしかに★がついていた。 ギャラリーはあさっての方向をなまぬるーく見つめた。 まともに★をくらったアスマは床に倒れかけたが、なんとか持ち直してこめかみを揉みながら低く呻いた。 落ち着こうと、煙草に火をつける。 「カカシ…おめぇ、最近ミョーな噂がちまたに流れてるが…」 「知らない」 「イルカはお前を嫌ってるんだろ? なんでそんな構うんだ。まさか本気で惚れたとかいうわけでもあるめぇし」 いきなり確信を突いたアスマに、ギャラリーの耳はこぞってダンボになった。 そうそう。そこがわからない。なんでこんな、イヤガラセとしか思えないほど構うわけ? つーか、イルカのどこが、そんなにいいわけ?(女性限定) イルカを抱き上げようとするカカシと、それをまあまあ、と抑えるアスマの短い攻防戦があり、渋々カカシは ぼそっと言った。 「だって、初めてだったからさ」 「…なにが?」 「写輪眼のカカシが大嫌いー、超苦手―、って身体全体で主張する人が」 照れたようにぽっと赤くなる。 「ほらー、俺隠してるけど顔いいし? 金持ってるし、上忍でしょ? なんか、いっつもそれ目当てのヤツに たかられてるっていうか、褒め言葉も全部それ関係っていうかー」 自分で言うな。 あと語尾を延ばすな。 突っ込みどころ満載の告白は照れ照れと続いた。カカシは完全にのろけているつもりであった。 意中の人がそばで白目むいて気絶していても、のろけのつもりであった。 「けど、イルカ先生はそんなの関係なしに、とにかく『きらい! はたけカカシがぜーんぶ嫌い!』って言ってん のがね、こう、わかるわけよ。それがなんつーか、最初はムカついたんだけど、気が付くとドッキドキっつうかー」 つまり。 カカシは、嫌われているとわかるからこそ、イルカを好きになったのであった。 声にならない悲鳴がくの一から上がる。じゃあアタシにもチャンスはあったんじゃん! 嫌いになればよかったのーッ!? で、でも、自分から嫌いになるなんてそんなの無理…。 アスマは必死で、理解しがたいカカシの言葉を理解しようと試みた。 「これって恋!?ってさー。どう思う? へへへ★」 いや。いやだが、しかし…。 アスマはイルカを見た。 ここ数日の騒ぎは、しっかりばっちり見聞きしていた。イルカが胃炎を患うほど精神的に追い詰められていたことも。 カカシがしているつもりのアプローチは、イルカにとって変態ストーカーに目を付けられたと同じだということも知っていた。 ここでアスマが「そうか、それはよかったな」なんて言えば、カカシの積極性に拍車がかかることは見えている。 しかし、カカシは数日で人が変わったかのように明るく社交的になり(わがままとも言うが)、生きる意味もないと言いたげだった 暗い陰りは、見る影もなくなっている。 しかし、このままカカシの「これって恋だよねっ★」を増長させれば、遠からず木の葉病院に胃炎で通う忍者が 増えることになるだろう。 苦労症な中忍の精神をとるか。優秀な同僚の生きがいをとるか。 こんな面倒なことは考えたくないのに…。 ギャラリーもアスマの言葉を今か今かと待ち構えているのが気配でわかる。 アスマはぷかーっと煙を吐き出した。 「カカシ…それはな、恋」 ぴく。と横たわったイルカの指が動いた。 いち早くそれに気付いたカカシが、がばっとイルカを抱き上げる。 「イルカ先生っ! 気が付きましたか!? 今すぐ病院につれてってあげますからねーっ!」 「おいカカシ、あんまり揺らすなっ」 ガツ。と遠慮なしに殴られ、再びカカシは声を失い悶えた。 耳元の騒ぎにイルカは苦しそうにうっすらと目を開いた。 「…ア、アスマさん…?」 「おう、そうだ。気が付いたか? 多分神経性の胃炎だ。病院行って薬もらえば治る」 「は、はあ…」 まだ事態がよくわかっていないような声だった。 アスマは、すうう、と息を吸って、苦々しく吐き出した。 「イルカ。よく聞けよ。…たしかお前さんは、チャーハンが嫌いだったよな?」 唐突なアスマのせりふに、イルカははっきりと顔をしかめた。昔一度一緒に食事をした時のことを、アスマは覚えていた。 イルカは、丸く盛られて湯気が立つご飯を、食卓に虫でも乗ったかのような目で見つめていたのだ。 直前まで考えていた大嫌いなモノの名をここでも出されて、イルカは気持ち悪さにまた顔色を悪くした。 「イルカ…どんなに嫌いなモンでもな、鼻つまんで噛み砕いて牛乳で流し込めば、食えるかもしれねえぞ…」 真剣に言うには馬鹿馬鹿しすぎるせりふだった。 マジメに聞くにも理解に苦しむせりふだった。 …だが。動物的勘で、なんとなくイルカはアスマの言いたいことがわかった。わかってしまった。 はは。…はははははは…。 蒼い顔で口の端をひきつらせた病人は、そこでようやく、もう一人の存在に気が付いた。 痛みから復活したカカシが、きらきらした目で自分を見つめている―――… 「ぅぐ…おぇ」 イルカ吐きそうに呻いて、がくりと再び気を失った。 「いっ…いるかせんせ――――っ!!!」 宣言どおりお姫様だっこで、カカシは竜巻のように受付所を飛び出していった。……アスマはあえて後を追わなかった。 それで、イルカが混ぜご飯を食べられるようになったかというと。 やっぱり苦手なままだそうである。 けれども、一口だけ牛乳で流し込めるようになったそうな…。 end. |