□ 混ぜご飯 □ 前


















イルカは混ぜご飯が嫌いだ。

味とか匂いとかいう問題じゃない。そのすべてが嫌いだ。カンに障るのだ。 虫が好かないといってもいいし、単純に気に食わない、でもいい。

食卓にのぼっているのを見るのがイヤだ。
湯気がたっているのも見たくないし、隣のテーブルにあったって気になって落ち着かない。
においがほのかに漂ってくるたび、他人に気付かれないように口呼吸にきりかえる。

そもそも、色んな食材がごちゃごちゃしていて、いったいどれを味わえばいいんだかわからないじゃないか。
あれの主役はなんなんだ。卵か。肉か。魚か。その他モロモロか?
薦められて仕方なく口に入れる度に、アサリがじゃりじゃりしたときのような渋面になってしまう。

何であんなのが美味いっていうんだ。

――とにかく。イルカは、混ぜご飯の存在自体が気に食わない。というか、食べ物とすら思っていない。

誰にだって、そういう「出来ることなら近付きたくすらない」モノが、一つはあると思うのだ。
イルカにとってそれは、混ぜご飯だった。

それはほんの子供のことから不動の事実だったが、最近、そのカテゴリの中に新たな項目ができた。

……できてしまった。























「い、る、か、せんせいっ★」
「だああああ!! 寄るな変態上忍!!」

日も傾いた木の葉の里、任務受付所。
ここ数ヶ月ですっかりおなじみとなった光景が、今日も広がっていた。

右目以外の顔をすべて隠した長身の忍が、受付に座る忍に、報告書を提出ついでにちょっかいをかけていくのだ。
食事に誘ったり、なにやらべたべた触ったり、わざと怒らせたり、話すまで前から動かなかったり。
ほとんど仕事妨害だったが、上忍という地位怖さに誰も注意できない。

最初はみんな間違って酢を飲み込んだような顔でその光景にびくびくしたが、 今となっては何故かなまぬるい笑顔となっている。

慣れ果てて気にも留めないのは受付常駐の忍だけだから、なんだかんだいって、毎日目立っていた。
どころかむしろ、高名な上忍に妙に親近感を持てるとかで、物見高い野次馬は日々増えつつあった。













髪を頭のてっぺんで括った忍――うみのイルカ――は、顔を歪めて長身の忍を怒鳴り飛ばした。

「お願いですからオレに構わないで下さい!」
「イルカせんせいと遊びたいだけですよう」
「だから構うなって! クソ、この、変態っ。さわんな!」

いったいどこを触ってるのか。

見えるものは見ないふりをし、幸運にも机の影で見えなかった者は、聞こえなかったふりをした。

「ひどいですねー、なんで俺が変態ですか」
「語尾に★つけて人の名前読んだりするからですよ! 気持ち悪いんでやめてください!」
「えええええ。いやだなあ。だっているかせんせい★ってなんか、ぴったりだしい?」

嗚呼。これが木の葉にその人ありと恐れられている写輪眼のカカシの口調だろうか。
何度も上忍試験に挑戦しては落ちている幾多の忍たちは、ひそかに涙した。

「アンタ! なんでいっつもオレの仕事の邪魔をするんですか!? 報告書はこれ、 このとおりちゃんと了承しましたからっ、さっさと帰ってひとっぷろ浴びて一日の疲れを癒してくださいよっ!」

やけに具体的な罵倒に、何度もこの「騒ぎ」を見ている忍は、 それが罵りというよりイルカが今現在やりたいことなのだと知る。

…そうかイルカ、確かにアカデミーとの兼任はキツイよなあ。同情、同情。


「イルカせんせ、俺の身体を心配してくれるんですね。優しいなあ!」

しかし全く別の意味でとる者もいる。


「誰がンなこと言ってんだ! 心配なんかしてねえからとっとと帰れ!」
「またまたー、思ってることと反対のこと言っちゃうイルカ先生、かわいいですよっ。照れ屋さんだなあ」

胸の前で手を組んだ「高名な忍」はたけカカシに、ほっぺたを「つん★」と突付かれ。

0.02秒でイルカの全身に鳥肌が立った。


「ば…っな…っ」


馬鹿やろう何しやがんだ、と野次馬はイルカのチャクラを翻訳した。
石のように固まったイルカは絶句したまま、脳裏でリフレインされるさっきの言葉を聞いていた。


照れ屋さん。イルカは照れ屋さん。

どちらかというとたくましくガッシリした体型で浅黒い肌のイルカが照れ屋さん。


生まれて初めて使われた名詞は、想像以上にイルカにミスマッチで気色悪かった。
一秒後、やはり想像してしまった野次馬が、面白がって受付所を張ってた自分を後悔するぐらいには気色悪かった。

全身から魂をしぼりとるようなため息をついて、イルカはうっそりとカカシを見上げた。
だんだんカカシが混ぜご飯に見えてきていた。
どこも似ていないのに。何故だろう。この果てしなく続く嫌悪感が幻覚を見せているのだろうか。


「カカシ先生…どうしても、どうっしてもお分かりになってないようですから、もう一度言いますが…。
オレは、あなたが、嫌いなんです――心の底から」

わかります?

と、イルカはほとんど泣き声で言った。

嫌い、ということに理由はないのだ。蛇嫌いに蛇のイヤさかげんを聞いてどうする。 どこもかしこも嫌いだ、と言うに決まっている。蜘蛛ぎらいはどうだ? 以下同文だ。
以下同文で、イルカは混ぜご飯が嫌いなのだ。

そして、混ぜご飯のように主体性がなく、どこからともなく現れ、イルカにまとわりつくカカシを、 全身全霊かけて毛を逆立てて嫌っていた。

だってダメなんだ。

どうしたって、もう、がんばったってダメなものはダメなんだ。
一目見たときからダメな感じがしたんだ。

オレにどうしろっていうんだ。

がっくりと机に泣き伏したイルカを、もはや静まり返った受付所内のすべての目が見守った。



だが、ハンパじゃない人生の修羅場をくぐってきた上忍は見てるだけに留まらなかった。 がしっ、とイルカの手を握り、

「大丈夫ですイルカせんせい!とことんまで嫌いなら、あとは好きになるしかありませーん!!」

叫んだ。
その右目はきらきらしていた。

イチャパラの王道ですよ!!
と、一部の人しかわからないことを熱く語る。

「好き嫌いは克服しなくっちゃ! 俺もイルカ先生の第一印象はサイアクだったんですけどね、安心してください、 なんでか知らないうちに、こぉんなに好きになってましたからっ」

だーいじょうぶです!(二回目)

思うにですねー、気持ちって一方通行なんですよ。 嫌いって方向に行って行って、行き着いて行きどまるとですねえ、 あとは引き返すしかないじゃないですか。ま、そんな感じで!


ざっくばらんに朗らかににっこりと喋りまくるカカシだったが、言ってる内容はきっぱり乙女だった。
さすがイチャパラの愛読者だけあった。

手を握られたまま、引きずられるように、呆然とカカシを見上げていたイルカは、しんみりと思った。

(どうして嫌いなままでいてくれなかったんだろう…)

嫌いになるに理由がいらないのなら、好きになるにも理由などないのだ。

ただ、どちらかの感情に魅入られた自分を呪うしかなかった。









後編