□ いたずら □ 風が甘く香るような午後だった。 近道とばかり、アカデミー裏の林を横切ろうと入ったカカシは、木の枝へ駆けようとして、思いとどまった。 木立を清風がすり抜けていく。よく晴れた空と、緑もあざやかな木々が眩しい。 ―――たまには、一般人のようにのんびりと木立を散歩したって、いいではないか。 完全に気を抜いて、ぺたぺたがさがさと、わざと音を立てながら歩くのは、悪戯を思いついたように気分がよかった。 取り出したイチャパラ片手に、道ともしれぬ獣道を、味わうようにゆっくり歩いた。 里でなければ、できないこと。―――カカシは昔から、それが好きだった。 気を抜いて歩くことも、酔っ払って前後不覚になるのも、見晴らしのいい場所で昼寝としゃれこむのも、戦場や任務中では逆立ちしたって不可能なことで、それを大っぴらに堂々とできるのが、やたらと嬉しい。幼児期から任務任務で、小さな子供にとって特別な、記念日や誕生日といったものがカカシにはなかった。 祝ってくれる人も一時期を除いてはいなかった。里に帰るわずかな期間が、彼のいっとう特別な記念日だったのだ。 それは刷り込みになってしまったらしく、今でも里にいると、わけもなく心が浮き立つ。 獣道をふさいだ邪魔な茂みをひょいと飛び越えたときだった。 視界の隅でなにかがきらりと光った。 細めていた目をちょっと丸くして、だが、降り立ったサンダルの下で、草群はやわらかな音を立てる。 きらりと光った銀色のそれに向かって、カカシはやわらかい葉擦れを楽しみながら近付いた。 頭の後ろで組んだ腕、軽く膝をたてて投げ出された足、全身を大地に吸い込ませるようにほたりと力を抜いて、彼は眠っていた。形のよい頭に、先ほど光った額宛がしっかりと巻かれている。 ―――こんな天気のいい日に日光浴なんてしてたら、陽焼けしちゃうんじゃないですかね。 小麦色の顔のなかで、額だけ白く染め抜かれた彼を想像し、ちょっと吹き出した。 「なにがおかしいんですか」 「おや、起きてましたか」 当たり前でしょう、と目を瞑ったまま、口元だけほころばせて男は笑った。 カカシはほんとうに不思議になる。カカシが近付いてきたことを知っていたくせに、 どうしてこうも隙だらけで寝転がっていることができるのか。 そしてどうして自分は、この男の気配には、いつもいつも鈍感になってしまうのか。 実際、彼の昼寝に出くわしたのは三度目で、そのどれもが彼の存在に気付かないで遭遇してしまったのだ。 一度目はカカシも驚愕して無意識にクナイを投げてしまい、男にこっぴどく叱られた。 二度目は男を踏みそうになり、これまたどでかい雷を落とされた。それでも上忍ですかだのなんだの、 今思えば侮辱ともとれるような言葉も言われたが、なぜか腹は立たずにカカシは首を竦めるだけだった ―――どこか、浮き立った気持ちを抱えたまま。 「ね。今日は、間違いも、踏みもしませんでしたよ」 カカシは気付かなかったが、それは子供のように誇らしげで、男の低い笑いを誘った。 「ええ。でも、ずっと音を立てながら歩いてらしたから、ずいぶん前から起こされてしまいました」 「ありゃ―――お邪魔でした?」 「いいえ。楽しそうな足取りだったから、アカデミーの生徒かと思いましたけど」 子供みたいに浮かれていたのを見透かされた。 無言になるカカシに、男はどこまでも楽しそうだ。 楽しい夢でも見ているような顔で、ほんのりと笑んでいる。 この男も、里の中だからこそ、安心しきった幼子のように眠っていられるのだろうか。 彼のこんな顔が見れるのが里だけなら―――やはりカカシは、里が好きだ。 「……のどかですねえ」 「ええ、ほんとうに」 また眠ってしまいそうなイルカの口調に、悪戯心が頭をもたげた。 「でもね、イルカ先生」 素早く口布と額宛を外し、ふわりとイルカの横に膝をつく。 初めてこの顔を見せたら、どんな表情を見せるのだろう? ふいに陽射しを遮られて暗くなった目裏、それでもまだ双眸を見せない男に、カカシは囁きかける。覚醒を促すように。 「ちゃんとひとりを見てくれないと、子供だって拗ねちゃうんですよ?」 「なんですか、それ」 思いのほか豊かな睫毛の奥を、カカシはじっと待つ。 訝しげな瞳が、カカシを捕らえて離さなくなるまで、あと数瞬―――。 |